怪しいヨガ合宿

私には夢がある。

自分の貸別荘で書道、茶道、瞑想等の心が静まるアクティビティを一週間行うZEN合宿を行うことだ。

“ZEN”とは今フランスで流行っている、日本の座禅由来の ” 心のデトックス ” を目的としたムーブメントである。

私は書道も茶道もできる上、場所も確保できる。それに近所に日本文化に精通し自宅に茶室まであるというフランス人の知り合いもいる。残るは座禅、瞑想を指導できる人を見つけるだけだ。

そう思案していたある日、一件のメールが私のAIRBNBアカウントに届いた。

” ワタシノメイソウキョウシツノガッシュクヲアナタノシャレーデシタイノデスガヨサンガアマリアリマセン。チョクセツレンラククダサイ ”

普段の私であれば、金にならねー話オレはゴメンだぜ!となっていたのだが瞑想ができる人とのコネを求めていた矢先、この誘いに乗ることにした。

AIRBNBの連絡ツールでは個人情報のやり取りはできず、電話番号を送っても自動で削除される。そこで私は、これが解読できれば考える能力のある奴だろうし詐欺の可能性も下がると思い、自分の電話番号を暗号化したものを返信した。

その数日後、知らない番号からの着信が入る。

-アロー?

その電話は瞑想教室をアヌシーで行っているという人物、ベアトリスからだった。

しかしこの人物訛りが強い。聞いたことのある訛りなのだがどこの国か思い出せない。ヨーロッパの訛りではない。

話を聞くとその瞑想とはヨガの一環で、自然に囲まれた静かな場所でヨガをしたいというので快く承諾。その話の中で、ヨガに集中したく、料理を作る時間が惜しいとのことだったので私が滞在中に数回日本食をふるまうことに。食事とその他の準備は生徒の一人、ジョルジュがするから残りは彼と連携をとってくれという。

数分後ジョルジュから電話があったのだが、彼もまたアクセントが・・・しかし彼のはすぐに分かった。スイス訛りだ。彼とどんな食事がいいか、いつ作るか、ゲストで瞑想の権威が来るから牛以外の肉を使ってくれ等の打ち合わせをして彼との通話は終わった。

そして当日。ジョルジュが最初に到着した。結構太った彼はスイスからフランスに移住した元料理人だという。スイスで念願のレストラン経営をしていたのだが、店舗を貸してくれていた大家に詐欺契約を交わされ、レストランをやむなく閉め借金だけが残った。という自己紹介を聞いてもいないのにしてくれた。

どうでもええわと思いつつ鍵を渡した後シャレーを案内する。

すると彼が

「祭壇を設置したいんだけどどこならいいかな?」

は?祭壇?

まぁ、ヨガはリラック空間が大事だしちょっとしたデコレーションとお香をたくぐらいだろうと思っていたので私はどこに設置してもいいと答えた。

その翌日は私が昼食を振る舞う日だったので、自宅で下準備をしてシャレーへと持っていく。そこではじめて私はベアトリス含め全員と対面した。

ベアトリスはフランス生まれフランス育ちのインド人女性。見た目は完全インド人な上に訛りも強く、生まれ育ちフランスとかぜってーウソだろと思ったがまぁ、両親がインド人だとこうなるんだろうなと考えた。

そして気になるヨガの権威はというと・・・なんとインドからはるばるやってきたという老夫婦だった。男性のほうは皆からドクターと呼ばれていたのだが、医者なのだろうか。ベアトリスがこの人は偉い方だと教えてくれたのだが、私の目にはただの汚いおっさんにしか見えなかった。

各自の自己紹介が終わった後ベアトリスが居間へと私を案内し、例の祭壇を見せてくれた。しかしその ” 祭壇 ” とは私が想像していたようなファンキーなものではなく・・・中心に鎮座した大きな額の中のこのヨガの創始者の顔写真がこちらをギラリと睨み、薔薇と果物でけばけばしく飾られた、リアル祭壇であった。

この瞬間私は悟った。瞑想だのヨガだの言っていたがそれらはただのオブラートでこいつらはただのやべー宗教集団だと。祭壇の後ろにあったはずのキリスト教の十字架外されてるし・・・。

まぁ、関わらなければカルト教団だろうが何だろうがどうということはない。

ドン引きしている感情を抑えつつ料理を振る舞う。私が昼食に用意したのは、キュウリのサラダと白ご飯、サバの味噌煮、ミニお好み焼きだったのだが、ドクターの食卓での振る舞いは私を驚かせた。

まず彼は素手で食べ始めた。

・・・まぁインドの風習なのでしょうがない。

口を開けて食べる。

・・・まぁそういう人もいるからしょうがない。

食事の席で平気でゲップをする。

・・・まぁそういう文化なのか。な?

普通に食べ物をこぼしまくる。

・・・ただの汚いおっさんじゃねぇか・・・

誰も何も言わなかったのだが、その場の空気は皆私と同じように思っていることを物語っていた。

しかし彼はヨガの権威、ドクターだ!

そう、なにかこう、サイババのようなすごい人物なのではないか?

だが結局彼らの滞在中にサイババが空中浮遊を見せる様子はなかった。後から思うと彼ではなく奥さんのほうが格上だったのではないか?

昼食の後ベアトリスは私に瞑想を体験してみないかと持ち掛けた。

怪しい宗教団体の瞑想・・・しかし瞑想は瞑想だし何事も経験だということで私も参加することに。

外が晴れていたのでテラスに椅子を出し、水桶に水と塩を入れそこに足を入れて瞑想開始。ドクターの奥さんが何やらお経みたいなのを読み上げる中、全員で両腕であるジェスチャーを繰り返す。

・・・話が違うぜぇ?

瞑想って静かに目を瞑って心を無にすんじゃないのか?これでは完全に ” 祈りの儀式 ” 。それに交じって同じことをやっている私も同類だ。しかも通りかかったお隣さんこっち見てるし・・・。

目でお隣さんに ” これは、違うんだ! “というメッセージを送るも、意味を捉え違えられたのかドン引きの様子でそそくさと去っていった。

数分続いた ” 瞑想 ” がやっと終わり安堵もつかの間、ジョルジュが突然

「波動が見えるッ!!」

と空の雲を指さして叫びだした・・・。

これには流石に一同も多少引き気味。ヨガ指導者のベアトリスでさえ、「そ、そうね、凄いわ!」と身のない返事。

彼がこうなったのお前のせいじゃねーかと思っているとジョルジュが私のほうを向いて「瞑想をすると全てを忘れて心と体がスッキリするんだ!」と満面の笑みで言う。しかし彼の笑みは私をゾッとさせた。力いっぱい口角を上げ、歯を見せているのだが、目が全く笑っていない。

その後もジョルジュの暴走は止まらない。室内に戻ると今度は「歌を練習してきたんだ!」と言い、インドかどこかの言語で歌いだした。

凄く微妙な空気に耐えられず私は自宅へ戻った。帰り際にベアトリスが私のことを察したのか、「さっきの瞑想はドクターが来ているから特別なものをしたのであって普段はもっと気軽なものよ」というがお祈り中のジョルジュを見るにどう考えても普段から同じようなことをしている。

夕食食べに来てねとも言われたが、作り置きしてあるものを食べないといけないと断った。しかしジョルジュはあきらめない。その晩彼から着信があり「君と一緒に食事ができないのが本当に残念だよぉ」と言われたのだが私には「ボクたちの一員にならないかぁ?」としか聞こえなかった。

その翌日は私が夕飯を作る当番だったのだが幸運なことにジョルジュから電話があり、「今夜はゆっくりと食事ができそうにないから何か気軽に食べられるようなものに変更してくれないか」というお願い。そこで予定を変更し和風サラダと具沢山味噌汁を作って持って行った。

ドアをノックするとジョルジュがインドの僧侶の袈裟をまとい、額に赤い点を付けた姿で現れ言った「本当にすまない、スケジュールが押していて・・まだ儀式の途中なんだ。」

いやいや、何やってんの?儀式って・・・。

見たら誘われると思った私はできるだけ居間のほうに視線を向けず料理を台所に置いてそそくさと立ち去った。

この怪しいヨガ集団は5日間滞在したのだが行動が怪しいのとそれぞれが小さな闇を抱えているという点以外は普通に親切な人たちで最終日にはしっかりとシャレーをきれいに掃除し、「毎週金曜日に瞑想してるから気軽に瞑想しに来てねー」と言い去っていった。

結局私の瞑想のコネ探しはまた振出しに戻ったのであった。